北九州市小倉北区のヨガ教室

全ての人にヨガを

北九州ヨガセンター

全ての人にヨガを!

 

身体の柔らかい人だけがするカジュアルなストレッチではな、健康の為だけのヨガではなく、全ての人が体験できるヨガをします。
そのための道具も用意されています。
とはいえ人は千差万別、それぞれの事情があります。
しかし、身体の使い方には共通したるメソッドがあります。

 

それを教えてくれるのがアイアンガーヨガです。

 

ある先輩のヨギが話してくれました。
インドで生まれたヨガは東に広がり気功や武術に進化して日本に伝わり、西に広がりスポーツへと進化した。

 

この言葉の意味するところは全てに共通する核の部分がヨガにはあるということです。

 

ヨガを通して心と身体の健康を維持させていく事がヨガの目的の一つでもあります。
しかし間違ったやり方無理をすると身体も心も壊れてしまいます。

 

私は30年以上の体験の中で何度か無理をし大病を煩ったり身体を痛めたこともありました。
その中で少しずつ学び身体と心を整えながら生活を続けています。
そういう体験を通してヨガをお伝えしています。

 

週に1回のレッスンでは伝えきれないことも沢山ありますし物足りなく感じる人もいると思います。
そのためにアイアンガーヨガの他の指導員のレッスンや海外の先生のワークショップやインドでの研修などの学ぶ意欲のある人の為の道も用意しています。
アイアンガーヨガの入口として北九州ヨガセンターを利用されてください。

 

どのよう人が受講されるか?

・ヨガを通して健康を維持増進したい人
・自分のぶれを直し軸を持ちたい人
・瞑想をしたいけど長く座っていられない人
・集中力身に着けたい人
・心を静かに落ち着けたい人
・ヨガインストラクターの方々
・スポーツでパフォーマンスを上げたい人
・アイアンガーヨガに興味のある人
・ヨガのポーズをもっと深めていきたい人
・今やっているヨガに疑問がある人
・どのように練習をしていけばよいのか迷っている人
・体が硬くて自分にはヨガはむいていないと思っている人
・他のヨガをして故障してしまった人


アイアンガーヨガ

アイアンガーヨガについて

 

私がヨガを始めて数年して出会ったヨガがアイアンガーヨガでした。
当時はストレッチ系のヨガをずっとしていました。
気持ちは良いのですが、物足りなさを感じ筋力もつけないといけないと思っていました。
そんな時に先ず出会ったのが加藤ヨガでした。
沖ヨガ系の加藤ヨガは自分にとってヨガというよりも健康体操という感じでしたが、そこで指導員コースに入り教えていく基礎を学びました。
そこで偶然出会ったのがアイアンガーヨガでした。
初めて聞く方も多いとおもいます。

 

日本では1980年代からアイアンガーヨガの教室が東京や大阪、大分を中心に続いてきました。
2000年頃のヨガブームの時もあまりマスメディアに参加することなく活動が続けられてきました。

 

B.K.S.アイアンガーは世界で最も有名なヨギの一人です。
日本ではいつまでたっても認知度が低いですが、それは日本人のヨガに対する情熱の低さと比例しています。
体験してみれば分かると思いますが、ヨガという感覚的な世界の中で、しっかりとしたロジックが確立しており、
世界中で最も多くの人に愛されています。

 


アイアンガーヨガ協会


身体を整えるヨガ

クラスの中ではベルトや壁を使って身体ををサポートしていきます。
左右のバランスを取り戻し、からだを緩めて軸を作っていきます。
さらに内臓を整えて呼吸をふかめていきます。

 

ヨガはストレッチや体幹トレーニングではありません。
これらの事がしたいのであればジムに行けばいいのです。

 

大事な事はしっかりと自分の身体を感じて意識していくことです。
自分の身体を先ずはコントロール下におきましょう。

 


身体から心へ

からだのバランスを取り戻す事で心にも変化がおきてきます。
そして心の安定へとつながっていきます。

 

本来の自分を取り戻していく。
周りの人や情報に流されていつの間にか失った自分を身体を整える事で取り戻していきます。

 

そこを目指してヨガを行ってきました。

 

けれども、こうだと思っていた自分が本当はこうではなかったということがあります。
例えば、私は人に叱られても大丈夫だと思っていたけれど、本当は嫌なことだったのです。
教え込まれた事や傷ついた自分を守るためにつけてきた仮面、ペルソナをまとっていたのです。
その仮面が外れることで気持ちに余裕が生まれてきます。

 

その生まれてきた余裕を好きなことやりたいことに向けていくことで人生が好転していきます。

 

そして大事にしていることは慈しみの心を持つことです。
できてもできなくても相手の中に常に自分を観て許容していくのです。
これは、どちらかというと教える側の心構えみたいなものかもしれません。
慈しむことから許すという気持ちが育ってきます。
教えるという立場から学ばせてもらっていることです。

 

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